拝啓・語るに値しない後輩へ、22

 

そいつは毎朝、フルーツをいちいちナイフで切って食べている。餅を食べている。味噌汁を飲んでいる。昼になるとおなかが空いたと言う。野菜が食べたいと言う。おいしいと言う。おなかいっぱいと言う。晩御飯はひとりで鍋を食べる。具材を切って入れるだけだからかんたんですよと言う。そしてすぐに洗い物をする。

そいつは少しでも楽しいことがあると笑う。キャッキャする。感情を脊髄反射で口に出す。わからないことがあると首を90度に傾ける。不満なことがあると声のトーンが一オクターブ下がる。いつも姿勢を正している。立ち食いソバや牛丼チェーンの味を知らない。サプリメントに不信感がある。キックボクシングをやろうとしたがやってない。

そいつは眠くなると眠いと言う。そしてすぐに眠る。風呂で力が尽きて眠る。気温が20度を下回ると寒がる。マスクをつけるとマスクが話しているようになる。しかし風邪はめったに引かない。いつもOLみたいな服装をしている。ハイヒールを履いている。小さなカバンで出勤する。たぶんブランド物だと思う。

 

僕はそいつと信頼関係がない。会話がすれ違う。趣味が合わない。苦手である。今かかわっている多くの人は、たまたまそこに居合わせているからだろうが、その意識をより強く持つことができる。今後なにがあるかわからないのではない、なにもない。確信である。刹那的な関係。ありふれた関係。語るに値しない関係。

しかし僕はあまりにも暇過ぎてそいつのドキュメンタリーを撮影することを妄想した。僕が撮影しにくい人ほど被写体として魅力的だと思った。もしそれが実現できたら僕が予想しえない未来が待っている気がした。なんらかの希望を抱いて3時間ほど妄想した。しかし辞めることにした。僕はチキっている。

 

彼女は目先の幸せを享受することをためらわない。困ったときは誰かが助けてくれる。自分の人生における大義に思い悩むことがない。ただ生きている。好きなものを食べて、体を動かして、他者と感情を分かち合い、そして眠る。僕はそんな彼女を倦厭する。あらゆる角度から否定する。そしてそれは嫉妬から来ることであることも十分に知っている。彼女は正しいこともまた、知っている。